結び物語

御縁を結び、御縁に生きる。

お遍路結願から2週間

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Facebook過去記事を転載
 
 
8月8日に四国八十八ヶ所のお遍路参りを結願してから、早いもので2週間が経った。
 
正直、どこから何を話せばいいのかわからない。本当にいろんなことがあった。全てを語ることはできない。自分の中だけに留めておくべきこともある。
 
しかし、だからといって、この2週間の間にあった出来事を書かずにはにはいられない。書きたいという想いが強いが故に、どう表現すればいいのかがわからず、今に至っている。
 
また、自分自身と親との対話をしなければならないタイミングでもあった。そしてそれは今も進行形である。なので今回は、ここ2週間の間にあったことと、そこで感じたことのみを話そうと思う。これから先のことはまた別のタイミングで書こうと思う。
 
 
 
8月9日
 
 
この日は、お遍路を始めた1番最初の札所「霊山寺」へお礼参りをするために歩いていた。その前日は夜中の2時頃まで歩いた。(結願した後が過去1番歩いたかもしれない笑)
 
そしてお昼頃に、徳島に来て1番最初にお接待をしてくださったご飯屋のお母さんのところに辿り着いた。
 
お母さんは僕のことを覚えてはいなかったが、結願したことを話すと「よくがんばったね!偉いね!」と優しく褒めてくれた。
 
お礼参りをしに来たと伝えると「荷物は置いといていいから、ご挨拶に行っておいで!」と、言ってくれた。ぼくはその言葉に甘えて、お店に荷物を預け霊山寺へ向かった。
 
たった2ヶ月前のことなのに、とても懐かしく感じる、その山門の姿を目の前に、ぼくの目頭は熱くなっていた。「ここから始まったんだな〜」と、お遍路出発の日をしみじみと思い出していた。
 
あの日には持っていなかった宝物が、ぼくの背中にドッシリと乗っかっているのを感じた。なんとも不思議な感覚だった。
 
本堂にて、お釈迦様に「ただいま!」と挨拶をし、最初の日より少し上手になった般若心経を唱え、「暖かく見守っててくださり、本当にありがとうございました!」と感謝の気持ちを伝えた。
 
88番札所「大窪寺」の本堂を目の前にした時、お接待をしてくださった方々の顔が鮮明に思い浮かび、声を出して泣き崩れてしまったのだが、、、
 
そのときと同じ感覚が霊山寺でも蘇り、涙がこぼれそうになった。
 
そして、お釈迦様への感謝の気持ちを伝え終え、次に大師堂のお大師様のところへ行こうとしたときだった、、、
 
 
 
 
 
つよぽん、おかえり!!」
 
 
 
 
へっ(๑º ロ º๑)!?
 
 
 
 
振り返った先にはなんと、亮太さん(龍見 亮太)めぐみさん(Megmi Horio)そして、淡路島のmusubiから来てくださった方々の姿が、、、
 
心臓が本当に飛び出るかと思った。
 
驚きと嬉しさのあまり「オエッ」ってなったのを覚えている笑
 
その時の景色をぼくは一生忘れないだろう。みんなの笑顔とよく晴れた太陽の光で、薄く霧がかかったように白くぼんやりと輝いて、本当に夢の中にいるかのような光景だった。
 
本当に嬉しかった。
 
まだ出会って間もないのに、お互いのこともよくわかっていないのに、ここまでしてくれるんだなと、亮太さんやその周りの方々の大きな愛をダイレクトで受け取らせていただき、心から感謝した。
 
本当にありがとう。
みんな大好きだ。
 
(ぼくが霊山寺に到着するまでの間、2時間以上みなさんは待っていてくれていたそうです。本当にありがとうございました(T ^ T)☆)
 
 
そこから、そのまま車に乗せていただき、預けていた荷物を取りにお母さんのお店へと戻り、別れの挨拶を交わして、淡路島の「musubi」へと移動をした。
 
musubiに到着すると、そこでもたくさんの方々が笑顔で迎え入れてくれた。自分の家に帰ってきたような懐かしい感覚になった。
 
そこからぼくは5日間ほど、musubiに滞在することになる。ここでの日々は本当に本当に楽しくて、たくさんの学びもあり、御縁もあり、ずっとここにいたいな〜と強く思った。
 
そうやって、ありのままの自分で自然体で楽しく過ごすことが出来た大きな要因としては、やはり亮太さんとめぐみさんの2人の存在が非常に大きかった。
 
お兄ちゃんとお姉ちゃんがいたら、こんな感じなのかな〜とずっと考えていた。
 
もちろんこの2人だけではない。musubiに集まった人たちみんなが本当に愛おしかった。出会ってその日のうちにみんなが大好きになった。知り合ってからの時間なんて本当に関係ないんだなと思った。
 
また、子どもたちの存在も大きかった。とにかく可愛い。可愛すぎる。そして自由だ。子どもがその場にいるのと、いないのとではまったく違う。ぼくは大人たちだけでいるときよりも、子どもたちが混ざっている時の方が好きだ。
 
そしてmusubiという場は子どもたちにとっても、とても善い環境だと思っている。
 
いろんな人たちが集まって遊んでくれるし、自然も食べ物も豊かだし、伸び伸びと過ごすことができる。
 
なにより、musubiに来て楽しくリラックスしながら自然体で過ごしているお母さんやお父さんの姿を見せることはとても大切なことだと思っている。子どもたちはちゃんと親の表情を観ているし、感じている。
 
お母さんやお父さんが幸せな顔をしていたら、子どもも嬉しいだろうし、幸せだろう。
 
musubiには子どもたちの笑い声がとてもよく合う。
 
子どもたちが大人になって「昔よくここで遊んだな〜」とか「ここで転んでケガして大泣きしたの覚えてるよ〜」なんて言いながら、子どもたちとmusubiで遊んでいる姿が目に浮かんだ。
 
そんなちょっと先の未来が楽しみでニヤニヤしている今日このごろである。
 
 
他にも、淡路島の魅力をたくさん味あわせていただいた。渦潮を見に行ったり、ご当地グルメを頂いたり、神社さんに足を運んだりと、知れば知るほど本当に豊かな場所だと感じた。
 
さらに、お遍路の最終目的地である「高野山」にも亮太さんに連れて行っていただいた。片道3〜4時間もかかるのに、、、何から何まで本当に有り難い。
 
お大師様にも感謝の想いを直接伝えることができた。そこでもやはり四国で助けてくださった方々の顔が浮かんだ。ありがとう、ありがとうと何度も何度も感謝の想いが溢れてきた。
 
その様子をぼくの後ろで亮太さんとめぐみさんが見守っててくれ、最後には一緒に手を合わせてくれた。ここでもまた、忘れられない大切な思い出ができた。本当にありがとう。2人とも大好きだ。
 
 
当初の予定では、ぼくは高野山から地元の茨城へと帰るはずだったのだが、楽しすぎてしまったため、またmusubiへと戻ってくることとなった笑
 
「まだやることあるよ〜」と、
musubiに言われた気がした。
 
戻ってきたおかげで、今回のオープンDaysの振り返りや、今後のmusubiの運営についてなどの話し合いに参加することができた。
 
そこではたくさんのアイデアが共有され、未来のmusubiの姿をよりリアルにイメージすることができた。そんな未来のmusubiの姿を想像するのはとても楽しいことだし、それをカタチにしていくためにぼくも何かチカラになりたいと心から思った。
 
どういったカタチでmusubiに関わっていくかは、まだわからないが、ぼくにできることをやっていこうと思う。
 
musubiは亮太さんがお遍路を経験して、四国の人たちや、その土地の文化に触れ、その魅力を広めたいという想いから生まれた場所。
 
そしてぼく自身も四国を歩いて、たくさんの人たちと出会い、救われ、そこから学び、その土地の魅力をこれでもかというくらいに教えていただいた。
 
musubiがある淡路島は四国への玄関口にもなっているし、実際に四国を歩いたその経験をもとに、四国の文化やお遍路の魅力を伝えていくことがぼくにできることではないだろうかと思っている。
 
どういう流れになるかはわからないが、どんなカタチにしても、ぼくはこれからもmusubiと関わっていくつもりだ。いつになるかはわからないが、淡路島にも移住しようと考えている。
 
本当に楽しかった5日間。
 
そしてこれでようやくぼくのお遍路の旅は幕を閉じた。
 
いや、
to be continued、、、かな。
 
 
 
すべての人に感謝。
 
たくさんの愛と、
たくさんの学びをありがとう。
 
この経験はぼくの宝物だ。
 
本当に本当にありがとう。
 
 
この経験を、少しでも多くの人が笑顔になるように活かしていきます。
 
書きたいことはまだまだ山ほどあるけれど、それはココFacebookではなく、実際にお会いした時にお話しましょう!!
 
 
今回のmusubiオープンDaysの考察について、亮太さんが細かくブログに書いてくれていますので、コメント欄からお読みください▼
 
 
 
最後に、
 
遅くなってしまいましたが、お遍路中、たくさんの応援をしていただき本当に本当にありがとうございました。
 
みなさんの応援がなかったら、成し遂げることは"間違いなく"できませんでした。
 
この経験はみなさんがいたからこそ、させていただくことができました。この御恩は一生忘れません。心から感謝しております。
 
本当にありがとう。
 
これからも宜しくお願い致します。
 
 
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