結び物語

御縁を結び、御縁に生きる。

ギフト貯金"勝手に"始めます

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ギフト貯金とは、
ぼくが勝手に作った言葉で、誰かにギフトをするために貯めるお金のことです。
 
 
収入の10%をギフト貯金にあてます。
 
 
その貯まったお金をぼくが渡したいなと思った人に、渡したいなと思ったタイミングで、渡したい分だけギフトしていきます。
 
 
渡す相手が経済的に余裕があるとかないとかに関係なく、ぼくが渡したいなと思った人にギフトします。どんな人に渡していくかはぼくにもわかりません。ただ、闇雲に渡すわけでももちろんありません。
 
 
ぼくのココロの声に従ってお渡ししていきます。
 
 
決まった金額ではなく、"収入の10%"をギフト貯金としていくので、ぼくの収入が増えれば、それに比例してギフトできる金額もドンドン増えていきます。減れば減りますけどねw(なのでぼくに仕事をください笑)
 
 
これは実験。
 
 
貯金の目的というと、老後のためだったり、海外旅行に行くためだったり、車を買うためだったり、もしもの時のためにだったりと、主に自分のために貯金をすることが多くなりがちだとは思います。
 
 
そこで、この"自分"に向いているベクトルを180°反転させてみよう!と思いつきました。"誰か"のために貯金をし、それをギフトしていくことで、自分はいったいどんなふうに変化していくのだろうか、という実験です。
 
 
 
 
ぼくはお金を
「投票券」だと考えています。
 
 
投票するということはつまり「応援をする」ということです。
 
 
つまりお金は「応援券」であると、
ぼくは考えています。
 
 
コンビニに行って、おにぎりを買ったらそれはコンビニを応援することなりますし、そこで働くアルバイトさんを応援することになります。もっと言うとおにぎりを作ってる会社を応援することになりますし、その会社で働く人たちを応援することになります。(お給料というカタチで)
 
 
ツナマヨを応援する人が多ければ、ツナマヨは残ります。でも、応援する人が少なければ、ツナマヨはなくなってしまいます。
 
 
コンビニで買い物(応援)する人が多ければ、そのコンビニは在り続けますし、少なければなくなってしまいます。
 
 
これはコンビニやおにぎりだけの話ではなく、あなたがよく行くお気に入りの洋服屋さんや美容室、ラーメン屋さんやお勤めしている会社も全部そうです。今、そこに在るということは、たくさんの人たちから応援されているからそこに在るんです。
 
 
株券なんてまさに応援券です。
 
 
繁栄している会社や、世のお金持ちたちは皆、それだけ多くの人達に喜びを与え、応援をしてもらっているんです。
 
 
 
そしてぼくには応援したい人たちがいます。お金でなくても応援することはもちろんできます。でも、お金を持っていれば、その分だけ"できること"の幅が広がります。
 
 
ぼくの周りの人たちは、気持ちだけで十分だよ!それが1番嬉しいよ!と言ってくれるとてもステキな人たちばかりなんですが、ぼくは気持ちや想いだけではなく、それにプラスしてちゃんとカタチとしての応援もしたいんです。チカラになりたいんです。
 
 
自分にできる範囲でやればいいとは、よく言いますが、ぼくはこの"自分にできる範囲"を広げていきたい。だからお金を持ちたいと思ったんです。
 
 
そんなことを考えていたら「ギフト貯金」というものを思いついたわけです。
 
 
しかもこれ、別にお金持ちにならなくても誰にでもできるってところがいいなと思ってますw
 
 
みんなが応援したい誰かのためにギフト貯金を始めて、そのお金で実際に応援をしていったら面白い循環が起きるんじゃないかなと思うんです。
 
 
月収20万円の人が100人ギフト貯金を始めたとすると、1ヶ月で200万円、1年で2400万円が貯まります。これだけのお金が誰かの応援のために使われると考えたらなんかニヤニヤしちゃいますよねww
 
 
 
 
ぼくが四国でお遍路をしているときに、気が付いたことがあります。
 
 
それは、
「"自分のお金"なんてものはない」ということです。
 
 
以前までは「働いて稼いだお金=自分のお金」と思っていました。しかし、お遍路をするにあたって、ぼくは仕事を辞めます。収入源を断ったわけですから当然貯金も底をつきます。「働いて稼いだお金」というものがなくなったわけです。
 
 
けれども、四国のお接待の文化や周りの応援してくださる方々のお気持ちなどにより、お金をいただくことができました。そのおかげで生きることができ、四国八十八箇所をすべてを歩ききることができたのです。
 
 
ぼくが今持っているお金は、1円たりともぼくのお金ではありません。
 
 
みんながお仕事をがんばって、働いて稼いでくれたお金です。
 
 
そのみんなにお給料を渡している会社が稼いでくれたお金も、またどこかの誰かがお仕事をがんばって稼いでくれたお金です。
 
 
そして、そのまたどこかの誰かのお財布に入ってるお金も、またまたどこかの誰かがお仕事をがんばって稼いでくれたお金なんです。
 
 
そしてそして、
そのまたまたまた、、、と続く、、
 
 
どこかの誰か→あなたの会社→あなた→洋服屋さん→どこかの誰か→そのまたどこかの誰か→そのまたまたどこかの誰か→あなたの会社→あなた→美容室→、、、
 
 
みたいな感じで、お金はグルグルと巡っています(「→」はお金の流れ)
 
 
 
そう考えると、自分のお金なんてどこにも存在しないのだということに気が付きます。常に流れているのだと。お金の龍(流)がいるのだと。
 
 
自分のものだと思うから、執着心が生まれる。手放すことを恐れる。守ろうとする。使わないようになる。お金の流れが悪くなる。みんなが苦しくなる。本末転倒です。
 
 
お金(エネルギー)はみんなのもの。誰も所有することはできない。誰かから奪ったとしても、たくさん持ってたとしても、死ねば誰かへ渡るんです。明日ミサイルが落ちて死ぬかもしれません。
 
 
自分のお金なんてどこにも存在しないのだから、生活に支障が出ない程度のお金(収入の5〜10%くらい)を応援したい誰かのために貯金して、ギフトしてもいいんじゃないかなと思ったんです。
 
 
その方が豊かになるんじゃないかなと思ったんです。いろんな意味で。
 
 
なので、実験としてギフト貯金やってみます( ・᷅ὢ・᷄ )!!
 
 
あと、みんなでやったら面白そうなので、興味ある人はぜひ一緒にやろう!笑
 
 
ただ注意してほしいことは、見返りを求めないということ。見返りを求めた瞬間にそれはギフトではなくなります。
 
 
渡すなら喜んで渡そう。ココロから応援しよう。喜捨の姿勢で。
 
 
お金のことを好きになりつつ、お金に対する執着から徐々に離れ、周りの人達を応援し、みんなでお互いに豊かになっていこう。
 
 
自分のところへ流れてきているそのお金の流れを無意識に流してしまうのではなく、まずは"意識的に"変えてみる。流す方向を変えてみる。すると、どんなことが起きるのかな?という実験。
 
 
なので、ぼくにどんどんお金を流してくださいねっ*1♡笑笑
 
 
 
そんな感じで【ギフト貯金】勝手にやっていきまーす!
 
 
 
長々と最後まで読んでくださり、ありがとうございました(o^^o)♬
 
 
ではでは、
善き1日を☆
 
 
 
 
 
PS.
 
まぁ、ようするに
貯金始めるね!って話ですww
 
 
 
 
 
若造の戯言ですので、気にせず次の方のタイムラインへお進み下さい、、
 
 
 
 
 
おっぱい
 
.

*1:*´ω`*

お遍路結願から2週間

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Facebook過去記事を転載
 
 
8月8日に四国八十八ヶ所のお遍路参りを結願してから、早いもので2週間が経った。
 
正直、どこから何を話せばいいのかわからない。本当にいろんなことがあった。全てを語ることはできない。自分の中だけに留めておくべきこともある。
 
しかし、だからといって、この2週間の間にあった出来事を書かずにはにはいられない。書きたいという想いが強いが故に、どう表現すればいいのかがわからず、今に至っている。
 
また、自分自身と親との対話をしなければならないタイミングでもあった。そしてそれは今も進行形である。なので今回は、ここ2週間の間にあったことと、そこで感じたことのみを話そうと思う。これから先のことはまた別のタイミングで書こうと思う。
 
 
 
8月9日
 
 
この日は、お遍路を始めた1番最初の札所「霊山寺」へお礼参りをするために歩いていた。その前日は夜中の2時頃まで歩いた。(結願した後が過去1番歩いたかもしれない笑)
 
そしてお昼頃に、徳島に来て1番最初にお接待をしてくださったご飯屋のお母さんのところに辿り着いた。
 
お母さんは僕のことを覚えてはいなかったが、結願したことを話すと「よくがんばったね!偉いね!」と優しく褒めてくれた。
 
お礼参りをしに来たと伝えると「荷物は置いといていいから、ご挨拶に行っておいで!」と、言ってくれた。ぼくはその言葉に甘えて、お店に荷物を預け霊山寺へ向かった。
 
たった2ヶ月前のことなのに、とても懐かしく感じる、その山門の姿を目の前に、ぼくの目頭は熱くなっていた。「ここから始まったんだな〜」と、お遍路出発の日をしみじみと思い出していた。
 
あの日には持っていなかった宝物が、ぼくの背中にドッシリと乗っかっているのを感じた。なんとも不思議な感覚だった。
 
本堂にて、お釈迦様に「ただいま!」と挨拶をし、最初の日より少し上手になった般若心経を唱え、「暖かく見守っててくださり、本当にありがとうございました!」と感謝の気持ちを伝えた。
 
88番札所「大窪寺」の本堂を目の前にした時、お接待をしてくださった方々の顔が鮮明に思い浮かび、声を出して泣き崩れてしまったのだが、、、
 
そのときと同じ感覚が霊山寺でも蘇り、涙がこぼれそうになった。
 
そして、お釈迦様への感謝の気持ちを伝え終え、次に大師堂のお大師様のところへ行こうとしたときだった、、、
 
 
 
 
 
つよぽん、おかえり!!」
 
 
 
 
へっ(๑º ロ º๑)!?
 
 
 
 
振り返った先にはなんと、亮太さん(龍見 亮太)めぐみさん(Megmi Horio)そして、淡路島のmusubiから来てくださった方々の姿が、、、
 
心臓が本当に飛び出るかと思った。
 
驚きと嬉しさのあまり「オエッ」ってなったのを覚えている笑
 
その時の景色をぼくは一生忘れないだろう。みんなの笑顔とよく晴れた太陽の光で、薄く霧がかかったように白くぼんやりと輝いて、本当に夢の中にいるかのような光景だった。
 
本当に嬉しかった。
 
まだ出会って間もないのに、お互いのこともよくわかっていないのに、ここまでしてくれるんだなと、亮太さんやその周りの方々の大きな愛をダイレクトで受け取らせていただき、心から感謝した。
 
本当にありがとう。
みんな大好きだ。
 
(ぼくが霊山寺に到着するまでの間、2時間以上みなさんは待っていてくれていたそうです。本当にありがとうございました(T ^ T)☆)
 
 
そこから、そのまま車に乗せていただき、預けていた荷物を取りにお母さんのお店へと戻り、別れの挨拶を交わして、淡路島の「musubi」へと移動をした。
 
musubiに到着すると、そこでもたくさんの方々が笑顔で迎え入れてくれた。自分の家に帰ってきたような懐かしい感覚になった。
 
そこからぼくは5日間ほど、musubiに滞在することになる。ここでの日々は本当に本当に楽しくて、たくさんの学びもあり、御縁もあり、ずっとここにいたいな〜と強く思った。
 
そうやって、ありのままの自分で自然体で楽しく過ごすことが出来た大きな要因としては、やはり亮太さんとめぐみさんの2人の存在が非常に大きかった。
 
お兄ちゃんとお姉ちゃんがいたら、こんな感じなのかな〜とずっと考えていた。
 
もちろんこの2人だけではない。musubiに集まった人たちみんなが本当に愛おしかった。出会ってその日のうちにみんなが大好きになった。知り合ってからの時間なんて本当に関係ないんだなと思った。
 
また、子どもたちの存在も大きかった。とにかく可愛い。可愛すぎる。そして自由だ。子どもがその場にいるのと、いないのとではまったく違う。ぼくは大人たちだけでいるときよりも、子どもたちが混ざっている時の方が好きだ。
 
そしてmusubiという場は子どもたちにとっても、とても善い環境だと思っている。
 
いろんな人たちが集まって遊んでくれるし、自然も食べ物も豊かだし、伸び伸びと過ごすことができる。
 
なにより、musubiに来て楽しくリラックスしながら自然体で過ごしているお母さんやお父さんの姿を見せることはとても大切なことだと思っている。子どもたちはちゃんと親の表情を観ているし、感じている。
 
お母さんやお父さんが幸せな顔をしていたら、子どもも嬉しいだろうし、幸せだろう。
 
musubiには子どもたちの笑い声がとてもよく合う。
 
子どもたちが大人になって「昔よくここで遊んだな〜」とか「ここで転んでケガして大泣きしたの覚えてるよ〜」なんて言いながら、子どもたちとmusubiで遊んでいる姿が目に浮かんだ。
 
そんなちょっと先の未来が楽しみでニヤニヤしている今日このごろである。
 
 
他にも、淡路島の魅力をたくさん味あわせていただいた。渦潮を見に行ったり、ご当地グルメを頂いたり、神社さんに足を運んだりと、知れば知るほど本当に豊かな場所だと感じた。
 
さらに、お遍路の最終目的地である「高野山」にも亮太さんに連れて行っていただいた。片道3〜4時間もかかるのに、、、何から何まで本当に有り難い。
 
お大師様にも感謝の想いを直接伝えることができた。そこでもやはり四国で助けてくださった方々の顔が浮かんだ。ありがとう、ありがとうと何度も何度も感謝の想いが溢れてきた。
 
その様子をぼくの後ろで亮太さんとめぐみさんが見守っててくれ、最後には一緒に手を合わせてくれた。ここでもまた、忘れられない大切な思い出ができた。本当にありがとう。2人とも大好きだ。
 
 
当初の予定では、ぼくは高野山から地元の茨城へと帰るはずだったのだが、楽しすぎてしまったため、またmusubiへと戻ってくることとなった笑
 
「まだやることあるよ〜」と、
musubiに言われた気がした。
 
戻ってきたおかげで、今回のオープンDaysの振り返りや、今後のmusubiの運営についてなどの話し合いに参加することができた。
 
そこではたくさんのアイデアが共有され、未来のmusubiの姿をよりリアルにイメージすることができた。そんな未来のmusubiの姿を想像するのはとても楽しいことだし、それをカタチにしていくためにぼくも何かチカラになりたいと心から思った。
 
どういったカタチでmusubiに関わっていくかは、まだわからないが、ぼくにできることをやっていこうと思う。
 
musubiは亮太さんがお遍路を経験して、四国の人たちや、その土地の文化に触れ、その魅力を広めたいという想いから生まれた場所。
 
そしてぼく自身も四国を歩いて、たくさんの人たちと出会い、救われ、そこから学び、その土地の魅力をこれでもかというくらいに教えていただいた。
 
musubiがある淡路島は四国への玄関口にもなっているし、実際に四国を歩いたその経験をもとに、四国の文化やお遍路の魅力を伝えていくことがぼくにできることではないだろうかと思っている。
 
どういう流れになるかはわからないが、どんなカタチにしても、ぼくはこれからもmusubiと関わっていくつもりだ。いつになるかはわからないが、淡路島にも移住しようと考えている。
 
本当に楽しかった5日間。
 
そしてこれでようやくぼくのお遍路の旅は幕を閉じた。
 
いや、
to be continued、、、かな。
 
 
 
すべての人に感謝。
 
たくさんの愛と、
たくさんの学びをありがとう。
 
この経験はぼくの宝物だ。
 
本当に本当にありがとう。
 
 
この経験を、少しでも多くの人が笑顔になるように活かしていきます。
 
書きたいことはまだまだ山ほどあるけれど、それはココFacebookではなく、実際にお会いした時にお話しましょう!!
 
 
今回のmusubiオープンDaysの考察について、亮太さんが細かくブログに書いてくれていますので、コメント欄からお読みください▼
 
 
 
最後に、
 
遅くなってしまいましたが、お遍路中、たくさんの応援をしていただき本当に本当にありがとうございました。
 
みなさんの応援がなかったら、成し遂げることは"間違いなく"できませんでした。
 
この経験はみなさんがいたからこそ、させていただくことができました。この御恩は一生忘れません。心から感謝しております。
 
本当にありがとう。
 
これからも宜しくお願い致します。
 
 
.

ぼくたちは幸せにはなれない

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Facebookより過去記事を転載


人間はずーっと昔から「どうしたら幸せになれるのか?」を探求してきました。


お金持ちになったら幸せになれる。結婚したら幸せになれる。病気が治ったら幸せになれる。良い大学を卒業して、良い会社に就職できたら幸せになれる。友達がたくさんできれば幸せになれる。欲かったものを手に入れることができれば幸せになれる。戦争が無くなれば幸せになれる。やりたいことが見つかったら幸せになれる。やりたいことをしながら生きていけたら幸せになれる。おっぱい見れたら幸せになれる。

などなど、、


しかし不思議なことに、これらを叶えることができたとしても、その幸せは長続きすることはありません。また新たな「〇〇になれたら幸せになれる」「〇〇が手に入れば幸せになれる」「〇〇ができたら幸せになれる」が生まれるからです。これをずっと繰り返していくのです。


だからぼくたち人間は永遠に幸せにはなることはできないんです、、、というお話ではございません!!

 

( ・᷄ㅂ・᷅ )!?

 


 


今のぼくのことをハタから見たら、もしかすると「幸せとは程遠い状態」に見えるかもしれません。


仕事をしていないので収入はありません。貯金もありません。奨学金の返済が残ってて支払いが滞ってます。住む家もありません(実家はありますが)彼女もいません。良い大学を卒業しているわけでもありません。資格も持ってません。なにか特別なスキルがあるわけでもありません。


オマケに飽き性で面倒くさがりです。時間も守れません。人の名前も覚えられないくらい記憶力も悪いです。たくさん失敗したい!という変な価値観を持ったドMです。変態です。女性が大好きです(これは正常かw)太ももとおっぱいとおしりとうなじが好きです。横目でチラチラ見てますww


自分勝手に旅をしてます。特に目的があるわけでもなく、お遍路さんやってます。


こんな人間を見たら、誰でも「キミはアホなのか(˙-˙)?」と思うことでしょう。


でもぼくは今、毎日幸せを感じながら生きることができています。不安も特にありません。そしてこの「幸せ」も「幸せになりたい」と思ったから、なれたわけではありません。


日常の当たり前の中にある、有り難みに気付き感謝すること、、


たしかにこれもとても大切なことではあるのですが、半分正解といったところでしょうか。

 

なぜぼくたちは
幸せになることができないのか?

 

それは、


ぼくたちはすでに、
幸せであるからです。

 

( ・᷄ㅂ・᷅ )!?

 

「なにを言っているんだこのオタンコナス!」と思われたもしれないので、少し説明をしますね。

 


例えば、


人間であるぼくが、
「俺は人間になりたい!!」「俺は将来、絶対に人間になるんだー!!」と言ったとします。


さて、ぼくは人間になることができるでしょうか?


なれるわけないんですよね。もうすでに人間なんだから笑


ということです✧*。(*´∀`*)✧*。

 

いやいや、そんなこと言っても私は今不幸だよー!!と、不幸である理由を一生懸命かき集めてきて、不幸の証明書を1枚1枚丁寧にぼくに見せようとしているそこのあなたのために、もう少しだけ補足をしようと思います。

 

ぼくたちはすでに幸せである、と言いましたが、ではなぜ「幸せではない」と感じてしまうのか、、


それは、
「幸せ」を自分自身で見えなくしてしまっているからです。

 

もう少しわかりやすく言うと、


真夏のクッソ暑い日に、長袖長ズボン、ダウンジャケットにアフラーとニット帽を被って、さらにマスクなどを自ら着ている状態です。


そして、自ら着たのにも関わらず「なんで私だけこんなに暑い思いをしなきゃいけないの!!」「なんであの人はあんなに涼しそうなの!?」「あ〜扇風機があればな〜」「エアコンさえ手に入れば〜」「どこにあるのー!?」っと言ってます笑


暑ければその服を
脱げばいいじゃないですか。

 

では、この服とは、
いったいなんなのか?

 

「私は〇〇な人間だ」という思い込み、固定観念です。

 

先ほど、
ぼくは飽き性で面倒くさがりで時間も守れなくて、、、みたいな事を言いましたが、まさにそれですねww


この「自分は〇〇な人間だ」という思い込みは、いったいどこから生まれたのでしょうか?

 

親や友達、周りの人間から「お前って〇〇な性格だよな〜」と言われたことはありませんか?


人は身近な人間の言葉ほど、影響を受けやすいものです。なので、その周りの人間から言われ続けてきたことを元に「私は〇〇な人間だ」というものを作り上げていきます。


そして、初めて会った人なんかに「私って〇〇な性格なんです〜」と、自己紹介をして、どんどんその思い込みを固めていきます。それが、自分が強く信じる己の姿(自分が自分であることの証明)となるわけなんですね。


でも、
これ全て幻想なんですよねw

 

あなたは何者でもありません。


何者にでもなれるとも言えますが…

 

あなたのことを見る人間が違えば、その数だけあなたがいることになります。10人いれば10人のあなたがいます。見ている世界がひとりひとり違いますから、その人たちの目に映るあなたの姿もひとりひとり違うのです。


子供から見たあなた、大人から見たあなた、お年寄りから見たあなた、これだけでもまったく違いますし、さらに性別や職業、国や時代が違えばそりゃもうカオスになるわけです笑


ゆえに、
あなたは何者にもなれるし、
何者でもないということになります。

 

そんな、条件によって変わってしまうものはすべて幻想です。ニセモノです。バッタモンです。パチモンです。フィクションです。


あなたが今まで信じて疑わなかった、その「私は〇〇な人間だ」というものも幻想なんです。


その幻想をひとつひとつ手放していくことで、徐々に本当の自分が見えてきます。(本当の自分すらもいないんですけどねw)


それが本来の自分であり、ありのままの自分です。ありのままは「在るまま」余計なものを何も身に付けていない、純度の高い自分です。そんな真っ裸の自分はカンペキなんです。だからそのままで「幸せ」なんです。


このことに気が付いたので、ぼくは何も持っていませんが、毎日刺激的で楽しく面白く、人生を生きることができています。


今まで「幸せになるために生きてきた」「何かを得られれば幸せになれる」と思っていたけれど、それが幻想であることに気付き、手放して、もうすでに幸せはイマココにあったんだと気付いた。


じゃあこれからはどう生きていけばいいんだろう?と考えたときに、「もうすでに幸せなのだから何もしなくていいんじゃないか?」と思ったこともありましたけど、これは違います。


「ありのままでいる」のと、
「そのままでいる」 は大きく違います。


ありのままで生きている赤ちゃんも、自分はそのままでいいとは思っていません。ハイハイをして、次は歩こうとします。言葉を話そうとします。赤ちゃんはありのままでありながら「やりたい!」と思ったことに対して、常に挑戦し続けているんですね。最高のチャレンジャーです。


だからぼくも「好きなことをして、好きなように生きていこう」という答えにたどり着きました。(もうすでに好きなこと好き勝手してるんですけどねww)


ぼくがこれからやっていこうと考えていることや、想いについては、長くなりそうなのでまた別のタイミングで書こうと思います。

 

ではでは、
今回も貴重なイノチを使って読んでくださり本当にありがとうございます(о´∀`о)♬

 


PS.

ぼくたちは
幸せになることはできない

なぜなら、
もうすでに幸せであるのだから

 

PS2.

結願まで残りあと3箇所

 

PS3.

いってきまーす!


.

 

遍路は辛いよ

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Facebookより過去記事を転載

 

いよいよ、愛媛県のお寺もあとひとつとなりました!

 

現在は第65番札所「三角寺」を目指して歩いているところです!

場所でいうと新居浜というところを歩いています。

 

愛媛県の方々も本当に優しい方々ばかりで、お接待をしてもらわなかった日はないくらい、たくさんのお接待をしていただきました。本当にありがとうございます(T ^ T)☆(1日最低3回はお接待していただいております(๑º ロ º๑)!!)

 

そんなすてきな愛溢れる愛媛県なんですが、ぼくはオール野宿でしたwwもうすでにお布団のあのフカフカの感触を忘れそうです…笑


さてさて、

今回はお遍路の良いところばかりではなく、大変な部分も少しだけお話していこうかなと思います。

 

まぁ大変とはいっても、それがあるからこそお遍路は楽しいし、学びになるんですけどね!お遍路をより美味しく味わうための調味料といったところでしょうかね(о´∀`о)♬

 

ちなみにぼくは「歩き偏路」「予算なし」「テント&寝袋なし」「大量の荷物」という、だいぶハードモードでお遍路を楽しんでおりますw

 


それでは、ひとつずつご紹介していきます!

 

 

1.「そもそも歩くの大変」

歩き遍路の1番の醍醐味ではありますが、やはり大変です。1日だいたい20〜30キロは歩いていて、夏場の今は炎天下の中を歩いているので、正直かなりシンドいです。何も考えたくなくなるので、思考は自然に止まり「無」になれますw

 


2.「山道がエグい」

ぼくたち歩き遍路をやっている人間は「偏路みち」と呼ばれる道を通って歩いていきます。(通らなくても全然OK!)車の通る道路を歩いていけば、山道でも緩やかに登っていくので、多少楽ではあるのですが、緩やかな分、距離が長くなります。なので、道のりは厳しいけれど、距離の短い山の中の遍路みちを通って基本的には登っていいくことになります。山の中はほぼ悪路です。踏み外したら1発でアウトな道もたくさんあります。ヘビやムカデ、ハチやクモも当たり前のようにたくさん出ます。鹿も猿もいます。熊も出ると言われる場所があったりします。日が暮れて、真っ暗闇の中、山を降ったことがあるのですが、そのときは半ベソかきましたww

 


3.「蚊」

今となってはもう慣れてしまったので、彼らがやって来てもぼくは気にしませんwただ、野宿で寝る時に彼らがやって来るともう眠れません。次の日は寝不足確定です。

 


4.「メマトイ」

メマトイという虫をご存知でしょうか?蚊よりもぼくはこのメマトイの方が圧倒的に嫌いです。メマトイとは小さなハエなのですが、彼らは顔の周りをプンプン飛び回り、目を狙って突っ込んできます。めちゃくちゃタチが悪いww名前の由来はそこなのでしょう。山の中を歩く時は必ず現れます。足場が悪い時などに彼らがいるともう大変です。メマトイを払うことに気を取られて、コケたことは何度もあります。対処法としては仏様や観音さまのように目を半分だけ開けて、薄目で歩くのがベストですww刺したりしてくるわけではないので、これだけでOK!

 


5.「雨」

基本的にぼくは雨に濡れることに対してあまり抵抗はないのですが、一応入れておきました。土砂降りになれば先へ進むことはできません。濡れれば身体や荷物は重くなります。乾かすのに時間もかかり、乾いたら乾いたで臭いです。

 


6.「お風呂に入れない」

お金に余裕がある人なら問題はないと思います。ただ、お風呂屋さんもそんなに多くはないので、歩き遍路をやるのであれば、数日間入れないことを覚悟しておいた方がいいと思います。ちなみにぼくは川で体を洗っていますwまさに禊ですねwwでも超絶気持ちいいです!!川で体を洗うのは本当にオススメします!!ただ、やっぱり湯船に浸かるのと浸からないのでは、次の日の体の調子がまっっっったく違います!!お風呂はめちゃくちゃ大事!!毎日お風呂は入りましょう!!精神も安定しますので。

 


7.「洗濯ができない」

これもお風呂同様、お金に余裕がある人なら問題ありません。ただやはりコインランドリーなどもそんなにたくさんあるわけではありませんので、そんなときは川へ行きましょうwww

 


8.「食べ物&飲み物」

これらはまず、コンビニやドラッグストア、スーパーや自販機などに頼るしかありません。そもそもこういったお店はあればラッキーなもんで、砂漠の中のオアシスそのものです。ホントに。添加物がどうとか、農薬がどうとか、もはや言ってられません。食わなきゃ死ぬだけですww山の中へ入る前は必ず食糧を買っておかないと、あとで腹ペコになって泣き喚くことになります。1度だけこの状態になりましたが、そのときは自生しているビワを食べまくって凌ぎました。ビワは僕の中では神様です。ビワの神様を祀る神社を建てたいくらいです。

 


9.「宗教」

歩いているといろんな人と出会います。宗教の信仰心があつい人は、勧誘してきたりもします。こっちの宗教は完璧で正しい、あっちの宗教は間違っていて正しくないと、熱弁してくる人もいます。(勝ちとか負けとか正しいとな正しくないとか、そんなことを言ってる時点でその宗教どうなのw)そして、地元の方たちはあまりお寺のお坊さんたちのことをよく思っていません。「何もしなくても金が入ってくるからいいよな」とか「別の場所にベンツを隠し持ってるんだ」とか「お寺のお坊さんみんな愛想悪いだろ?」とか「坊さんたちの年収知ってるか?」などと、話してくる人たちもいます。どうでもいいです。めっちゃ暑いので早く先へ行かせてくださいって感じです。お坊さんが高級車を乗り回してたっていいじゃん!何もしてなくなんかないよ!見えてないだけ!見えないようにやってるんだよー!お坊さんの年収が羨ましいなら、お坊さんになりなよー!それか、自分でがんばってお金稼いでお金持ちになれよー!お坊さんたちが愛想悪くなってしまったのは、あなた達が影でそういうことを言ってるからなんじゃないですかー!と、ぼくは思いました笑

 


10.「基本的には熟睡できない」

今はもう寝床を見つけるプロになりましたが、それでもやはり寝床を探すのは大変です。屋根と壁とベンチがあるという好条件が揃った場所はなかなかありません。なので、屋根がなかったり、屋根や壁はあるけどベンチがないから地べたで寝たり、屋根も壁もなんにもないアスファルトやコンクリートの上で寝たことも何度もあります。当然熟睡なんてできません。ここにプラス蚊がいるんですから、もうお手上げですw毎日ほぼ寝不足状態で、だいたいお昼頃にベンチなどで休憩しているとコックリコックリきて寝ますw睡眠もめちゃくちゃ大事なので、ちゃんと寝ましょうね!!

 

 

いかがでしたでしょうか。これはあくまで歩き遍路でやった場合の過酷さなので、電車や車で回っていただければ何も問題はありません。ただ、ちょっとスパイスが欲しいな〜って思った方は、3日とか1週間とか期間を決めて歩き遍路やってみることをオススメします(о´∀`о)♬面白い奇跡が待ってますよ〜☆

 


ということで、10個ほど大変なことを書きましたが、これらを全部ひっくるめて、お遍路はめちゃくちゃ楽しいです!!いや、これらの大変な要素があるからこそ、何倍も楽しくなるのだと思います。

人生も同じです。

 

壁や障害があればあるほど、それを乗り越えた時に見える景色や感動は大きくなります。感動が大きい人生を濃い人生、濃く生きるというのだと思います。

ぼくはもっともっと濃く生きたい!だから壁、障害、挫折、絶望ウェルカムです(≧∇≦)www

ドMかっ!って思われるかもしれませんが、イージーな人生ほどつまらないものはないとぼくは思います。

 

壁を乗り越えていったり、成長していく過程がなによりも嬉しんです!楽しいです!面白いんです!

人生は自分育成RPGです!!

どんなゲームよりも、どんな小説よりも自分の人生が1番面白い!!

そんな濃い生き方をみんなにもしてもらえたらなと思います(о´∀`о)♬

楽しんでいきましょー!!

 


ではでは、
今回も最後まで読んでくださって本当にありがとうございます(*´ω`*)☆

 

Enjooooooy!!!!!!!!!!!!!!!

 


PS.


お遍路を始めてから体重が6キロ落ちましたwww

 

PS2.

たぶんそのへんの女子より軽いと思いますww

人間、体重落とそうと思えばどこまでも落とせるんですね…笑

落とそうと思ってないですけどねwww

 

 

PS3.

歩き遍路ダイエットおすすめですwww

1ヶ月弱でマイナス6キロ!!笑

 

 

PS4.

今までFacebookでお遍路のことを書いてきましたが、楽しいことも苦しいことも、おそらく1/1000も伝わってないと思いますし、伝えきれてません。もはやすべてを伝えることは不可能だと思います。

それぐらい
お遍路は楽しいんです(*´ω`*)♬


文章力磨いて、少しでも魅力が伝がわるように努力していきたいと思います!!

お大師様からのメッセージ

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Facebookより過去記事を転載

 

昨日の夕方、突然大雨が降ってきたので、ちょうどお参りをしていた第48札所「西林寺」の中にある休憩所で雨宿りをしていました。

 

雨はなかなか止まず、もう今日は歩くのやめよう!と思い、そこの休憩所で1泊することに決めました。

 

この日も1日中歩き続けたので、疲れてぼくはすぐに寝てしまいました。しばらくして夜中に目が覚めます。周りはもうすっかり闇に包まれていました。

 

ふと、バックパックにかけていた白衣(はくえ)に目を向けると、何やら黒い影があったので、ぼくはそれを蛾かなにかの虫だと思って払おうとしました。

 

しかし、なかなか払えなかったので、スマホのライトで照らしてみたところ、なんと!!セミの幼虫が今まさに羽化しようとしている瞬間だったんです(๑º ロ º๑)!!

 

ガンガン揺さぶってしまって、ごめんなさいごめんなさい(T ^ T)☆

 

と、思いながらも、
そんな瞬間を見るのは始めてだったので、夜中に1人で興奮してしまいました笑

 

小学生の頃に虫を観察しながら遊んでいた自分を思い出しますね〜(о´∀`о)笑

 


何年もの間、土の中で生活をしていて、ようやく出てきた場所が、まさかぼくの目の前!!

 

これって、
ものすごい御縁(๑º ロ º๑)!!

 

しかも、
よりにもよって白衣の上www

 

なので、
この子の名前は空海から名前をとって、空(くう)ちゃんと名付けましたwww

 

ぼくは空ちゃんの様子を一晩中、子を見守る親のような気持ちでずっと眺めていました笑

 

こういうときって、本当に「がんばれ〜!がんばれ〜(T ^ T)☆」って声をかけたくなるものなんですね笑

 

一生懸命、自分の殻を破って出てきて、テクテクと上の方を目指して歩く空ちゃんは、最終的にぼくの相棒である、剛杖さん(金剛杖になる前の段階の杖のことww)のところで落ち着き、しばらくじっとして動かなくなってしまいました。

 

一安心したのか、ぼくも再び眠くなってしまい、そのまま眠ってしまいました。


朝、目が覚めると、そこに空ちゃんの姿はありませんでした。

 

残ったのは土のついた抜け殻だけ。

 

なんだかちょっぴり切ない気持ちになりましたが、我が子が元気に大空へと飛びっていったことを想うと、とてもあたたかい気持ちになりました。

 


空ちゃんいってらっしゃい!!

 

ぼくのところへやってきて、イノチの美しさを教えてくれて本当にありがとう!!

 

この広い空の下、どこかで空ちゃんが、元気に大きな声で鳴いている姿を思い浮かべながら、ぼくは今日も楽しんで歩いていきます。

 

空ちゃんありがとう。

 

お父さんもいってくるね!w

 


という、

感動的な朝でしたwww

 


それでは今日も
いってきまーす(о´∀`о)♬